物理のノート

波動関数(波動方程式)

ハイゼンベルクの不確定性原理
古典力学における運動量$p$や粒子のエネルギー$E$といった, 粒子性を表す物理量は, 粒子性および波動性を記述する量子力学では, 微分演算子(作用素)として表される.
たとえば, 運動量演算子を便宜上$\hat{p}_o$と表すことにすると, $-i\hbar\nabla$または, $-i\hbar\frac{\partial}{\partial r}$という微分演算子によって次のように表される. すなわち, \begin{equation} \hat p_o = -i\hbar\nabla=-i\hbar\frac{\partial}{\partial \pmb r} \end{equation} ここで, $\hbar=1.054\times 10^{-34}J\cdot s$はプランク定数と呼ばれる.巨視的なレベルでは$0$と見なしてよいほど小さい値である. $\hbar$は定義より \begin{equation} [r_j,p_j]=r_jp_j-p_jr_j=i\hbar, (j=x,y,z) \end{equation} $r_j$は座標,$p_j$は運動量である.

(2)式は,座標と運動量の積の順序を逆にする(交換しようとする)と,ゼロにならない,すなわち両者を交換できない,という関係性を意味している.すなわち,2つの物理量を同時に観測することはできない.

さて,(1)式において,$\nabla$(ナブラ)は, 座標$\pmb r$の各成分による偏微分演算子であり, $\text{grad}$($\text{gradient}$)とも表される(ベクトル解析). \begin{equation} \nabla=\text{grad}=\left(\frac{\partial}{\partial x}, \frac{\partial}{\partial y}, \frac{\partial}{\partial z}\right) \end{equation} 単純化のため, 1次元($x$軸)の話に限れば,偏微分の演算子は常微分の演算子で表せる. \begin{equation} \hat p_o= -i\hbar\frac{d}{dx} \end{equation}

シュレーディンガー方程式
不確定性関係は, 運動量$p$と位置$r$のみならず, エネルギー$E$と時間$t$の間にも生じる.$E$と$t$は交換できない.すなわち,2つの物理量を同時に観測することができない.
したがって, $E$を微分演算子で示すと、 \begin{equation} E=i\hbar\frac{\partial}{\partial t}. \end{equation} さて,古典力学における, 運動エネルギー$T$と位置エネルギー$V$の和が一定になることを示す力学的エネルギー保存則$E=T+V$は, $T=\frac12 mv^2=\frac{p^2}{2m}$より, \begin{equation} E=\frac{p^2}{2m}+V(x) \end{equation} となる.

(5)式に、量子化の手続きを施す. \begin{equation} E\Psi(x,t)=\left\lbrace \frac{p^2}{2m}+V(x) \right\rbrace \Psi(x,t), \qquad \\ i\hbar \frac{\partial}{\partial t}\Psi(x,t)=\left[ -\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2} + V(x) \right] \Psi(x,t). \qquad \end{equation} 上式(線形の2階微分方程式)をシュレーディンガー方程式と呼ぶ.
また, 両辺に含まれる $\Psi$(Psi. LaTeXでは \Psi と表記)で示される関数(この場合は, $\Psi(x,t)$という表記)を波動関数(波動方程式)と総称する.

右辺に現れる微分作用素 \begin{equation} \hat H=-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2} + V(\pmb x)= \frac{\hat p_o^{2}}{2m} + V(\pmb x)\phantom{XXX} \end{equation} はハミルトニアン$\hat H$と呼ばれる。
これを用いると、シュレーディンガー方程式は、次のように書ける。 \begin{equation} i \hbar \frac{\partial}{\partial t}\Psi(x,t)= \hat H \Psi(x,t). \phantom{XXX} \end{equation}

固有状態と固有値(期待値),固有方程式

量子力学においては,観測される物理量に対して、物理系の状態に対する演算子の固有値を関連づける.[>>>行列の固有値と固有ベクトル]
例えば, 系のハミルトニアン$\hat H$(演算子)に対して, 状態を$\vert \Psi \rangle$と表し,その固有値を$E$とする.
その場合, 物理系のエネルギーを表す固有方程式は次のように記述される. \begin{equation} \hat H \vert \Psi \rangle= E \vert \Psi \rangle \end{equation} 演算子の固有値は, 状態$\vert \Psi \rangle$における当該物理量の期待値とも呼ばれる.
演算子$\hat A$と$\hat B$が交換する(それぞれが表す物理量を同時に観測することができる),すなわち$\hat A\hat B=\hat B\hat A$の場合には固有値と呼ばれる.
交換しない場合(各物理量を同時観測できない),すなわち$\hat A\hat B-\hat B\hat A\ne 0$の場合には期待値と呼ばれる.

$\hat H$がエネルギー$E$と交換する場合, Eは状態$\vert \Psi \rangle$における系のハミルトニアンの固有値であり,次式のように表される. \begin{equation} E=\langle \Psi \vert \hat H \vert \Psi \rangle \end{equation} 状態として, 波動関数$\Psi(\pmb r)$を対応させる場合には,ハミルトニアン$\hat H$は$\pmb r$の関数となり,固有値$E$は次のように表される. \begin{equation} E=\langle \Psi \vert \hat H \vert \Psi \rangle=\int \Psi^{*}(\pmb r)\hat H(\pmb r)\Psi(\pmb r)d\pmb r \end{equation} $*$は,共役複素数を表す.

なお, 演算子$\hat A$に対して,任意の状態$\lvert \Phi \rangle$,$\lvert \Psi \rangle$において, \begin{equation} \langle \Psi \vert \hat A \vert \Phi \rangle ^{*}=\langle \Phi \vert \hat A^{+} \vert \Psi \rangle \end{equation} を満たすような演算子$\hat A^{+}$が, $\hat A=\hat A^{+}$ならば,演算子$\hat A$はエルミートである,と定義される.

波動関数の大きさ$|\Psi(x,t)|^2$は$\langle \Psi \vert \Psi \rangle$と記述することもでき, 粒子の存在確率(密度)を表すと解釈される.
また, \begin{equation} \langle \Psi \vert \Psi \rangle=1 \end{equation} の場合については,状態を規格化する,という.

シュレーディンガー方程式は, 上述のように2階の線形微分方程式で表される. したがって, $\lvert x \rvert =\infty$における一般解は, 2つの独立な解の, 任意な線型結合で表せる(>>> 2階線形常微分方程式). したがって一般解には, 2つの任意定数が含まれる.
その際,状態の規格化により, 1つの任意性はなくなる.
さらに、「ある物理的状況を設定すること」で, シュレーディンガー方程式の特解を得ることができる.この物理的状況に関する設定を境界条件という.

シュレーディンガー方程式を解くことは, 様々な境界条件, すなわち色々なスカラーポテンシャル各々の中で存在することができる解を抽出する作業, といえる.

マクスウェル方程式から出発する波動関数との対比
マクスウェル方程式から得られる波動関数の一般解には, ある境界内において理論的に存在可能な, すべての電磁波の分布(電磁界)が含まれている.
この中から, 求めたい状況における電磁波の分布を(解として)得るには, 電磁場の波動関数の一般解に, 境界条件(たとえば, 導波管内の電磁界, ほかの例として, 完全導体による平面波の散乱界では, 導体上の電波の分布における接線成分が$0$である, という条件)を適用するアプローチが採られる.[>>>境界条件を用いた波動方程式の特解]
このアプローチは,力学的エネルギー保存則(シュレーディンガー方程式)から出発する波動関数と場合と,同様である.

演算子の不確定さ

演算子$\hat A$の不確定さ$\Delta A$について次のように定義する.
\begin{equation} \Delta A=\langle \Psi \vert (\hat A - a)^2\vert\Psi \rangle \end{equation} $a$は$\hat A$の期待値である.すなわち, \begin{equation} a=\langle \Psi \vert \hat A \vert\Psi \rangle,\\ \hat A \vert\Psi \rangle=a \vert\Psi \rangle. \end{equation} ここで,固有状態というのは、演算子$\hat A$が,固有値$E$をもつ演算子$\hat H$と交換関係にあり,$\hat H$の状態$\vert\Psi \rangle$と比例し,その比例定数を$a$ とすると, \begin{equation} \hat A \vert\Psi \rangle=a \vert\Psi \rangle. \end{equation} になる,という意味合いである.

(15)式において,$\vert\Psi \rangle$が$\hat A$の固有状態であるとすれば,$\Delta A=0$である.
逆に固有状態になければ,$\Delta A \ne 0$となる.

ここで,1次元における座標と運動量における不確定さについて考える.
(2)式より \begin{equation} [\hat r_j,\hat p_j]=[\hat x,\hat p]=\hat x \hat p-\hat p \hat x=i\hbar \end{equation} またそれぞれの期待値は0である. \begin{equation} \langle \Psi \vert \hat x \vert\Psi \rangle=\langle \Psi \vert \hat p \vert\Psi \rangle=0 \end{equation} 不確定さの積を求めるための準備をする. \begin{equation} (\Delta x)^2(\Delta p)^2=\langle \Psi \vert \hat x^2 \vert\Psi \rangle \langle \Psi \vert \hat p^2 \vert\Psi \rangle\\ \geq \frac{\vert \langle \Psi \vert \hat x \hat p-\hat p \hat x \vert\Psi \rangle \vert^2}{4}\\ =\frac{\vert \langle \Psi \vert i\hbar \vert\Psi \rangle \vert^2}{4}\\ =\frac{\vert \langle \Psi \vert \hbar \vert\Psi \rangle \vert^2}{4} \end{equation} ゆえに,不確定性関係は次のように記される. \begin{equation} (\Delta x)(\Delta p)\geq \frac{\hbar}{2}. \end{equation} 改めて,2つの物理量を同時に観測することはできない.

ボーア半径とリュードベリ定数

水素原子は,陽子と電子からなっている.
この時,全系のハミルトニアン$\hat H$は、電子の運動エネルギー$\frac{\hat P^2}{2m}$と,電子と陽子の間に働くクーロン・エネルギー$-\frac{e^2}{4\pi \varepsilon _0 r}$の和で与えられる. \[ \hat H=\frac{\hat P^2}{2m} - \frac{e^2}{4\pi \varepsilon _0 r} \] 電子は,陽子に束縛されているので,$\hat P$の期待値は$0$である.
そこで,ハミルトニアンの期待値を見積もるために,右辺の$\hat P^2$と、$r$をそれぞれ電子の運動量の分散$(\Delta p)^2$と,位置の広がり$\Delta x$で置き換える. \[ E=\frac{(\Delta p)^2}{2m} - \frac{e^2}{4\pi \varepsilon _0 \Delta x} \] 右辺に(21)式の不確定性関係$\Delta p \geq \frac{\hbar}{2 \Delta x}$を適用すると,二次関数の平方完成により, \[ E \geq \frac{(\hbar)^2}{8m(\Delta x)^2} - \frac{e^2}{4\pi \epsilon _0 \Delta x} = \frac{\hbar^2}{8m} \left( \frac{1}{\Delta x} - \frac{me^2}{\pi \epsilon _0 \hbar^2}\right) ^2 - \frac{me^4}{8\pi^2 \epsilon _0^2 \hbar^2} \] が得られる.
電子は電磁波を放出してエネルギーができるだけ低い状態になろうとするが,不確定性関係のために,電子の軌道の大きさは \[ \frac{1}{\Delta x} - \frac{me^2}{\pi \epsilon _0 \hbar^2}=0 \\ \Delta x = \frac{\pi \epsilon _0 \hbar^2}{me^2} \] より小さくなることはできない.それゆえ,電子は中心へと落下できない.
またこの時,系は、最低エネルギー \[ - \frac{me^4}{8\pi^2 \epsilon _0^2 \hbar^2} \] の状態をとる(放物線の谷の底).

以上は,定性的な議論である.ただし,より定量的な議論の結果も定数倍しか違わない。
それによると,水素原子の最低エネルギー状態の電子軌道の半径は, \[ a_B = \frac{4\pi \epsilon _0 \hbar^2}{me^2} \backsimeq 0.529 Å \phantom{XXX} \] で与えられる(ボーア半径).
また、その時の電子の束縛エネルギーは,上式を用いると, \[ E_Ry=\frac{me^4}{32\pi^2 \epsilon _0^2 \hbar^2}=\frac{e^4}{8\pi \epsilon _{0} a_B} \backsimeq 13.6eV \phantom{XXX} \] となる(リュードベリ定数).
$1eV \backsimeq 1.6×10^{-19}J$は,電子を1ボルトだけ電位の高いところに運ぶために必要なエネルギーである.

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